―神の恵みを特権と勘違いするとき―
パウロが「異邦人に遣わされたこと」を語った瞬間、ユダヤ人たちは激しく怒り出しました。
彼らは叫び、上着を投げ捨て、ちりを空中にまき散らします。
怒りは頂点に達し、「これから暴れるぞ」と言わんばかりです。
なぜ彼らはこんなに激しく怒ったのでしょう。
🌿怒りの背景
彼らには「自分たちこそ神の特別な民だ」という強い思い込みがありました。
本来、
アブラハム契約は「すべての民族が祝福される」という約束でした。
しかし彼らはその本質を見失い、
異邦人=汚れている
異邦人への宣教=契約の裏切り
と感じてしまったのです。
そして、いつの間にか
神の恵みが“自分たちの枠”を越えることに
耐えられなくなっていたのです。
🌱私たちへの語りかけ
この姿は、現代人にも重なります。
たとえば
役職を長年経験してきた人が、
知らないうちに「自分は特別だ」と思い込むことがあります。
・自分の意見が通らないと不満
・ 新しい人が用いられると戸惑い
・ 一般の人と同じ扱いをされると腹立たしい
これらは、ユダヤ人がアブラハム契約を見失った姿に似ています。
神の恵みは、私たちの枠を軽々と越えて働くのに。
教会の役割や奉仕も特権ではなく、
より深く仕える恵みです。
神は、予想外の人を、予想外の方法で用いられます。
🌈今日の祈り
主よ、
私にも奉仕の機会を与えてくださり、感謝します。
恵みを特権にすり替えることなく、
遜った心で仕えることができますように。
あなたが選ばれる人を、私も喜んで受け入れ、
主と同じ心で歩ませてください。

