2026年7月2日木曜日

最善のみちびき|使徒16:6-10|2026.7.3(金)

―もし御霊が禁止せずビティニアへ進んだら?―








🌿閉ざされる道にも、開かれる道にも、神の愛がある


パウロたちはアジアで御言葉を語ろうとしましたが、  

聖霊はそれを「禁じられた」とあります。  

さらにビティニアへ向かおうとした時も、  

「イエスの御霊がそれを許されなかった」と記されています。

人間の目には、  

「どうして行かせてくれないのだろう」  

「せっかく準備したのに」  

そんな思いが湧く場面です。

でも、

神様はただ閉ざしたのではなく、  

もっと良い道へ導くために閉ざされたのです。


🌿もしビティニアに進んでいたらどうなったか


ビティニアは当時、ローマ帝国の重要地域で、  

人々も多く、宣教の必要も十分にありました。  

もしパウロたちがそこへ進んでいたら、  

きっと福音はそこで広がったでしょう。

しかし――


① パウロとシラスは疲れ果ててしまったかも

- このルートでは黒海沿岸の広範囲な地域を周ることになります。

- マケドニアのような幹線道路がこの地域には整っていません。

効率よく宣教することはむずかしかったでしょう。


②マケドニアの叫びは届かなかった

夜の幻で、マケドニア人が  

「私たちを助けに来てください」と叫びました。

もし

ビティニアへ進んでいたら、  

この叫びを聞くことはなかったでしょう。  

神が「今、最も必要としている場所」へ  

パウロを送ることができなかったのです。


③ヨーロッパへの福音の扉は開かなかった

マケドニアはヨーロッパの入口。  

ここでの宣教は、  

後のヨーロッパ全体への福音の広がりの始まりでした。

もし

ビティニアへ行っていたら、  

この歴史的な扉は開かれなかったかもしれません。


④ リディアの救いも、牢の看守の救いも起こらなかった

ピリピで起こった  

・リディアの心が開かれた出来事  

・牢の看守が救われた出来事  

・パウロとシラスの奇跡的な解放  

これらはすべて、  

「ビティニアではなくマケドニアへ行った」結果です。

神は、  

一人ひとりの救いのために、道を閉ざし、道を開かれる方です。


🌿閉ざされた道は、失敗ではなく“導き”

私たちの人生にも、  

「行きたいのに行けない道」  

「頑張ったのに閉ざされる扉」  

があります。

でも、

- 行けなかった道にも、神の愛がある  

- 閉ざされた扉は、もっと良い扉へ導くため  

- 神は“今、最も必要な場所”へ私たちを送ってくださる  


もしビティニアに行けていたら、  

パウロはマケドニアの叫びを聞けませんでした。  

私たちも、閉ざされた道の向こうに  

神の大きな計画が隠れていることがあります。


🌈 今日の祈り

主よ、  

進みたい道が閉ざされる時、  

あなたの導きがそこにあることを信じる心を与えてください。  

あなたが開かれる道へ、素直に歩む力をください。  

私の計画ではなく、  

あなたが最も必要とされる場所へ導いてください。  

今日もあなたの御声に従って歩みます。


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