2026年6月17日水曜日

世界で最初の宣教師② | 使徒13章3-8節 | 2026.6.18(木)

 ―教会と聖霊による派遣―

今回も疑問に答える形で読み解きます。


 Q4. なぜ二人の上に手を置いたの?(3節)


A.手を置くことは大切な意味があったから 

①手を置くこと(按手)は

ユダヤ人が大切にしてきた祈りの形です。


- 祝福するとき(子どもに手を置く)

- 任命するとき(働きをゆだねる)

- 癒しを願うとき(病人に手を置く)


このように、按手には「良いものを相手に渡す」「神さまの助けを願う」という意味がありました。


②彼らの按手は

・祝福して送り出す合図  

「神さまが共にいてくださいますように」という願いをこめています。


・みんなの祈りが一つになる  

手を置くと、祈る人たちの心がひとつになります。

「私たちはあなたを支えますよ」という思いが込められています。


・神さまからの力を願い求めるため  

「神さまが特別な助けや力を与えてくださいますように」と祈ったのです。


  このようにアンティオキア教会は、  

バルナバとサウロを心を込めて送り出したのです。


私たちの教団や教会でも

祝福式や任命式などで手を置いて祈ることがあります。


 Q5. 聖霊が召して送り出しているなら、行き先も聖霊が導いているの?(4節)


A. その通りです。  

3節で教会が送り出しましたが、  

4節では「聖霊によって送り出された」と書かれています。


つまり、  

教会の決断の背後に、聖霊の導きがあったということです。


行き先のキプロスも、  

彼らが勝手に決めたのではなく、  

聖霊が最初の宣教地として整えておられた場所でした。


私たちの人生の道も同じです。  

主は一歩一歩を導いてくださいます。


Q6. 地方総督との出会いも聖霊の導きですか?


A.はい。  偶然ではありません。


総督セルギウス・パウルスは、  

「神のことばを聞きたい」と願っていました(7節)。  

その心の準備をしていたのも、  

聖霊の働きです。


バルナバとサウロがキプロスに行き、  

総督に会い、  

福音を語ることができたのは、  

すべて主のご計画の中にありました。


私たちが出会う人も、  

「たまたま」ではなく、  

主が備えてくださった出会いであることが多いのです。


🌈 主よ、  

あなたが私の歩みを導いてくださることを感謝します。  

今日出会う人、

今日することの一つひとつが、  

あなたのご計画の中にありますように。  

誰かにあなたの恵みと祝福を届けてゆけますように

私をご自由にお使いください。

0 件のコメント:

コメントを投稿

ローマ市民権の証明書はあったの?

 ―パウロはどのように市民権を証明したのか?― 使徒の働きの中には、 パウロがローマ市民であることを主張する場面が 何度もありますね。 証明書のようなものがあったのでしょうか。 結論から言うと 発行されていましたが、一般的な「身分証」ではありません。 🌿主な証明書の種類 ◆軍人...