2026年5月27日水曜日

5/29(金)8章26~33節 荒野での出会い

 神様は、華やかな場所ではなく、荒野のような場所に人を導かれることがあります。


🌿宦官の旅と心の痛み

彼はエチオピア女王の高官で、しかも全財産を任せられるほど女王に信頼されていました。

彼の人生の舞台は華やかな王宮でした。

そこで何不自由のない生活を送っていたでしょう。


でも、そんな彼にも神を求める心の渇きがあったようです。

彼はエルサレムまで長い旅をして礼拝に行きました。

しかし律法によれば、宦官は神殿の奥に入ることができませんでした


「神を求めているのに、近づけない」  

そんな痛みを抱えた帰り道、荒野を進んでゆきました。


エルサレム神殿よりももっと尊い方と出会うことになるとは、全く知らずに…。


🌿家一軒分に相当するほど高価なイザヤ書


おそらくエルサレムで購入したのでしょう。

彼はイザヤ書の巻物を持っていました。  

当時、巻物はすべて手書きで、材料も高価で、  

一般の人が買えるようなものではありませんでした。


それでも彼は、どうしても神の言葉を知りたいと思ったのでしょう。

莫大な代価を払って巻物を手に入れました。


そして神は、その巻物のちょうどイザヤ53章を読んでいる時に、  

ピリポを彼のもとへ送られました。

神さまは、荒野で

受難の道を進まれた救い主(53章)と

伝道者ピリポを通して出会わせてくださったのです。


🌿ピリポの場合


サマリヤでは多くの人が救われ、奇跡が起こり、  

まさに大リバイバルが起きていました。

その最中に、神はピリポに命じます。

「立って、南へ行き、…ガザに下る道に出なさい。」


人間の目には、  

「なぜ今?」「なぜ荒野へ?」  

と思うような指示です。

  

すでに神さまは

サマリヤに他の使徒たちを派遣しておられました(14、25節)

サマリヤを他の使徒に任せ、ピリポを荒野へ派遣されました。


ピリポはギリシャ語を使うユダヤ人でした。

宦官を導くのに最適だったのでしょう。

しかも

御霊の指示に即座に従って、走ってゆきます(30節)。

彼が神に用いられたのは、この従順さによるのですね。


🌿荒野での出会い


荒野は、目立たず、寂しい場所。

誰も期待しない、何も起こらないように見える場所。

でも、神さまは

そんな荒野でご自身を現わしてくださり、

救いの物語をはじめる舞台にされるのです。


🌈 主よ

宦官のように、  

あなたを熱心に求めさせてください。

ピリポのように、  

従順な心を与えてください。


私の人生の「荒野」にも、  

あなたはご自身を現わしてくださり、

救いと回復の恵みを備えてくださいます。

どうぞあなたを深く知らせてください。

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