2026年5月27日水曜日

5/28(木)8章9~24節 不純な思いがあるとき

 サマリヤで信じたシモンは、かつての価値観を引きずったまま、  

“神の恵みを自分のために使いたい”と願ってしまいました。  

信じたと言っても、心の中心はまだ「自分」にあったのです。


🌿けれど、私たちもまた、  

十字架の恵みを信じて救われたとしても 

生い立ちや過去の癖が残っていて、  

気づかないうちに“不純な動機”で奉仕してしまうことがあります。


たとえば…

・子どもの頃から「認められたい」と育った人は、奉仕でも評価を求めやすい

・家庭で「役に立つことが価値」と教えられた人は、奉仕で頑張りすぎる

・傷ついた経験がある人は、奉仕を通して安心を得ようとする


これらは

“悪い”というより、

癒やされるべき心の領域がまだ残っているということです。


🌿それでも主は、そんな私たちを責めるのではなく、  

「悔い改めて戻ってきなさい」

と優しく招かれます。


ペテロの言葉は厳しく見えて、実は回復への道でした。  

シモンが「私のために祈ってください」と言えたように、  

私たちもまた、主の前に心を差し出すとき、  

聖霊は静かに、しかし確かに、動機をきよめてくださいます。


主は、完璧な人を求めておられるのではなく、  

主に向き直ろうとする柔らかい心を喜ばれます。


🌈主よ

私の心をあなたの光で照らし、

心の奥にひそむ不純なものを取り除いてください。

私の思いをきよめ、 

あなたの栄光を反映できるように 

私の心も唇もお整えください。

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