🌿エチオピアの宦官は、イザヤ53章を読み、
そこに描かれている、苦しみを負い、黙って殺される「彼」の姿を見つけます。
「彼」とはだれか、ピリポに尋ねます。
ピリポはきっとこう答えたでしょう。
「彼は、あなたの罪を背負ってくださった神の子イエスです。」
宦官の心に光が差し込みます。
「神が御子の命まで犠牲にして、救いの道を開いて、この私を愛してくださった!」
🌿 宦官の心に触れたもう一つの章 ― イザヤ56章
宦官は、まことの神様を信じて改宗しても律法によって、
- 神殿の奥に入れず
- ユダヤ人として受け入れられず
- 神の民としての「居場所」を持てませんでした。
しかしイザヤ56章には、こんな約束があります。
「わたしは宦官に、息子・娘にまさる永遠の名を与える。」
去勢して子孫を望めなくても
神に従順な宦官は、神の家族の一員にされ、その名は永遠に記念される。
ピリポは53章を語った後で、この56章を開いて語ったはずです。
「イエスによって、この約束はあなたに今、与えられています」
宦官の心にずっとあった深い痛み――
「私は神に受け入れられるのか」
その問いに、神ご自身が答えてくださったのです。
🌿 荒野の道に備えられていた“泉”
二人が進んでいたのは、ガザへ向かう荒野の道。
普通なら水などほとんどありません。
しかし、ちょうどその時、
泉が備えられていました。
宦官は喜び叫びます。
「ここに水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがありますか。」
どんなに律法が彼を妨げても
もはや神は妨げません。
荒野に泉を備えられた主は、
宦官のために「救いの道」も備えておられました。
🌿洗礼のあと、彼は“喜びながら”帰っていった
ピリポが突然いなくなっても、
宦官の喜びは消えませんでした。
なぜなら、
イエスが彼の心に住まわれたからです。
🌈 主よ
あなたが宦官を受け入れられたように
私もあなたに歓迎されています。
欠けだらけ、
何の良いものも持たない私を
あなたが ご自分の娘として愛し
みそば近くに引き寄せてくださっています。
私の心の中にも御霊という泉も与えられています。
感謝します。
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