2026年5月28日木曜日

5/30(土)8章34~40節 あなたを歓迎する神

 🌿エチオピアの宦官は、イザヤ53章を読み、

そこに描かれている、苦しみを負い、黙って殺される「彼」の姿を見つけます。  

「彼」とはだれか、ピリポに尋ねます。

ピリポはきっとこう答えたでしょう。  

「彼は、あなたの罪を背負ってくださった神の子イエスです。」


宦官の心に光が差し込みます。  

「神が御子の命まで犠牲にして、救いの道を開いて、この私を愛してくださった!」


🌿 宦官の心に触れたもう一つの章 ― イザヤ56章

宦官は、まことの神様を信じて改宗しても律法によって、  

- 神殿の奥に入れず  

- ユダヤ人として受け入れられず  

- 神の民としての「居場所」を持てませんでした。


しかしイザヤ56章には、こんな約束があります。

「わたしは宦官に、息子・娘にまさる永遠の名を与える。」

去勢して子孫を望めなくても

神に従順な宦官は、神の家族の一員にされ、その名は永遠に記念される。


ピリポは53章を語った後で、この56章を開いて語ったはずです。  

「イエスによって、この約束はあなたに今、与えられています」


宦官の心にずっとあった深い痛み――  

「私は神に受け入れられるのか」  

その問いに、神ご自身が答えてくださったのです。


🌿 荒野の道に備えられていた“泉”

二人が進んでいたのは、ガザへ向かう荒野の道。  

普通なら水などほとんどありません。


しかし、ちょうどその時、  

泉が備えられていました。

宦官は喜び叫びます。

「ここに水があります。私がバプテスマを受けるのに、何か妨げがありますか。」


どんなに律法が彼を妨げても  

もはや神は妨げません。


荒野に泉を備えられた主は、  

宦官のために「救いの道」も備えておられました。


🌿洗礼のあと、彼は“喜びながら”帰っていった

ピリポが突然いなくなっても、  

宦官の喜びは消えませんでした。

なぜなら、  

イエスが彼の心に住まわれたからです。


🌈 主よ

あなたが宦官を受け入れられたように  

私もあなたに歓迎されています。

欠けだらけ、

何の良いものも持たない私を

あなたが ご自分の娘として愛し

みそば近くに引き寄せてくださっています。

私の心の中にも御霊という泉も与えられています。

感謝します。

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