2026年5月27日水曜日

5/28(木)8章14~17節 信じたのに なぜ聖霊を受けなかった?

使徒の働き8章には、サマリヤの人々がピリポの伝道を通して、イエスさまを信じ、バプテスマまで受けたことが書かれています。  

🌿ところが不思議なことに、彼らはすぐには聖霊を受けませんでした。


信じたら聖霊が与えられるのでは?  

信仰が足りなかったの?

そう感じる方も多いと思います。


実はこの出来事には、その時代ならではの**特別な理由**がありました。


🌱サマリヤの人々の信仰が不十分だったわけではない


聖書は、サマリヤの人々についてこう書いています。

- 町に大きな喜びがあった  

- みことばを受け入れた  

- 男も女もバプテスマを受けた  


つまり、彼らの信仰は本物でした。

信じたのに聖霊が与えられなかったのは、彼らの側に問題があったからではありません。


🌱問題は「サマリヤ人とユダヤ人の間にあった深い壁」


当時、ユダヤ人とサマリヤ人は長い歴史の中で対立し、互いに避け合っていました。  

ユダヤ人はサマリヤ人を「交わってはならない人々」と見ていたほどです。


もしサマリヤの人々が、エルサレムの使徒たちの知らないところで聖霊を受けてしまったら、

- 「本当に救われたのか?」と疑うユダヤ人  

- 「私たちは私たちでやる」と独立してしまうサマリヤ人  

というように、教会が二つに分かれてしまう危険がありました。


🌱そこで神さまは、あえて“順序を変えた”


本来の順序はこうです。

信じる → 聖霊が与えられる → バプテスマ


しかしサマリヤでは、特別にこうなりました。

信じる → バプテスマ →

(まだ聖霊が与えられない)

→ 使徒ペテロとヨハネが来る → 聖霊が与えられる


これは、サマリヤ人の救いを

エルサレムの使徒たちが自分の目で見て、喜んで受け入れるためでした。


🌿神は「教会が一つになる」ために、この方法を選ばれた


ペテロとヨハネがサマリヤに来て、彼らの上に手を置いたとき、サマリヤ人は聖霊を受けました。


これはユダヤ人クリスチャンにとって大きな衝撃でした。

「サマリヤ人にも、私たちと同じ聖霊が与えられた」  

「彼らも私たちと同じ神の家族だ」  


こうして、民族の壁を越えた“ひとつの教会”が誕生したのです。


🌿今日の私たちにはどう関係するのか?


私たちは、信じたら聖霊が与えられます。

聖書ははっきり教えています。

「…福音を聞いてそれを信じたことにより、約束の聖霊によって証印を押されました」(エペソ1:13)  

つまり、

イエスを信じた瞬間に、聖霊はその人の内に住んでくださる。


サマリヤの出来事は、  

「教会が民族の壁を越えて一つになるための、歴史的に特別な出来事」  

だったのです。


🌈 神様

あなたが教会を一つにするために深い配慮をなさることを、私は知りました。

そしてイエス様は今もご自身の教会を深く愛しておられます。

私たちは弱く愚かな者ですが

聖霊は私たちの間に平和をつくってくださいます。

どうぞ教会を一つにしてください。




0 件のコメント:

コメントを投稿

ローマ市民権の証明書はあったの?

 ―パウロはどのように市民権を証明したのか?― 使徒の働きの中には、 パウロがローマ市民であることを主張する場面が 何度もありますね。 証明書のようなものがあったのでしょうか。 結論から言うと 発行されていましたが、一般的な「身分証」ではありません。 🌿主な証明書の種類 ◆軍人...