ステパノが殉教したという知らせは、初代教会にとって大きな衝撃でした。
自分たちも同じように命を奪われるかもしれない。
そんな恐れを抱いてもおかしくない状況でした。
けれども、散らされた人々は沈黙しませんでした。
ピリポもその一人で、逃れた先のサマリヤで、
「みことばの福音を伝えながら巡り歩いた」と聖書は記します。
🌿悪霊が追い出され、病が癒されるという奇跡は確かにすばらしいものです。
しかし、その奇跡の背後には、
**恐れよりもキリストを選ぶ信仰の勇気**がありました。
これは、外側に見える奇跡以上に大きな「しるし」だったのかもしれません。
🌱 死を「眠り」と呼ぶ希望
ステパノの最期について、聖書は
「眠りについた」
と静かに語ります。
死は終わりではなく、
主のもとに帰るための“扉”にすぎない。
永遠の御国へ向かう旅立ちのように描かれています。
だからこそ、ステパノは石打ちの中でも、
人々を赦しながら主に身をゆだねることができました。
永遠の希望を知っていたからです。
🌿永遠の希望が、今日の歩みを強くする
キリストの救いは、私たちに
「永遠に失われない希望」
を与えてくれます。
この希望が心にあるとき、
地上の恐れは小さくなり、
主の愛に生きる力が湧いてきます。
- 困難の中でも語る力
- 恐れよりも愛を選ぶ心
- 死をも超える平安
- 他者の救いを願う思い
これらはすべて、永遠の希望から生まれる内なる奇跡です。
🌈 主よ、
初代教会の人々が迫害の中でも福音を語り続けたように、
私の心にも、恐れに勝るあなたへの信頼を与えてください。
死をも恐れない永遠の希望を、
今日の歩みにも満たしてください。
あなたの愛が、私の言葉と行動を通して
誰かの心に届きますように。
アーメン
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