今日の箇所は、サウロが神であるイエス様に出会う有名な場面。
彼は、教会を迫害することこそ神への奉仕だと信じていました。
間違っているのに、本人は誤りに気づいていません。
ここには、人間の姿が映っています。
・自分は正しいと思っている
・その確信が強いほど、方向がズレていても気づかない
・しかも熱心であればあるほど、間違いは大きくなる
サウロは「熱心」でしたが、神の心とは逆方向に走っていたのです。
🌿光で立ちはだかるイエス様(3節)
彼の暴走を止めるために、主ご自身が道に立ちはだかったのです。
「天からの光」は復活のイエス様の栄光そのものでした。
🌿地に倒れるサウロ
光を見ただけで倒れたのではありません。
神の臨在に触れたとき、人は立っていられなくなるのです。
・ダニエルは神の幻を見たとき「力が抜けて倒れた」(ダニエル10章)
・ヨハネは復活のキリストを見たとき「死んだように倒れた」(黙示録1章)
そして、主の声を聞いたとき、彼の中でこれまでの確信がいっきに崩れ落ちます。
・自分が迫害していたのは、人ではなく「主ご自身」だった
・自分は、実は取返しのつかないことをしていたのでは?
精神的・霊的なショックで立っていられなくなったのです。
🌿見えなくなるサウロ(8節)
これは単なる視力の問題ではありません。
彼の内面も盲目だったのです。
・見えているつもりで、実は見えていなかった
・自分は正しいと思っていたが、実は間違っていた
・神に仕えているつもりで、神に逆らっていた
主は、サウロの“古い視界”を完全に壊されました。
🌿三日間、食べず飲まず(9節)
これは、サウロの人生の「墓の中の三日間」でした。
自分の罪の重さに沈黙し
古い自分が死に
神の言葉を待つしかない時間
イエス様が三日間墓におられたように、
サウロもまた、新しい人生が始まる前の“死”の期間を通りました。
🌈 神様
あなたは暴走するサウロの前に立ちはだかられたように、私の間違いに気づかせてくださいます。
道が閉ざされることは心の痛みを覚えますが、恵みとして受け止めます。
倒れる経験は辛いですが、それは新たに立ち上がることを意味します。
何も分かっていない者ですから、どうぞ私の目を開いて真理を悟らせ、
今日もあなたの光の中を歩ませてください。
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