今日からステパノの長い弁明の箇所です。
ここを読むと、あまり話が長いので
「ステパノさん、何を言いたいの?」
と思ってしまいます。
でも、今回は読み飛ばさずに
お祈りしながら丁寧に読み進めました。
すると聖霊が教えてくださいました。
鍵は7節だと。
🌿6章でステパノと議論した人たちは
こう訴えました。
「この人は
イエスが、この聖なる所(神殿)を壊し、モーセの慣習を変える、と言った」(6:14)
つまり、
ステパノが神殿を否定し、律法を壊そうとしている
と偽証したのです。
🌿これに対し、ステパノはどう反論したのでしょう
彼は聖霊に導かれて語り出しているので、
すぐに「そんなこと言っていません」と反論しません。
ここがまず素晴らしいですね。
穏やかな語り口で
皆が知っているアブラハムの物語から始めます。
それは、
「神さまは神殿に縛られない。どこにいても導き、語り、共におられる」
という真理を分かってもらうためです。
🌿そして7章7節の最後の言葉につながります。
📖「…この場所でわたしに仕えるようになる」
つまり「約束の地で、神を礼拝するようになる」という意味。
これは神さまがアブラハムに語られた約束の言葉です。
ステパノはこの言葉を引用することで、こう言っているのです。
-神さまは“神殿が建つ前”から礼拝を受けておられた
-神さまは建物に閉じ込められない 方
つまり、
アブラハムの物語から
「神殿が絶対ではない。神さまの約束と臨在こそが中心だ」
ということを、やさしく、しかし力強く示したのです。
ステパノは神殿を否定したのではありません。
むしろ、
神殿よりも大きな神さまのご計画を思い起こさせたのです。
🌈 今日のメッセージ
◆ 神さまは“場所”に限られない。
礼拝堂にいる時だけでなく、
家にいる時も、仕事の中でも、弱さの中でも、
神さまはそこにおられます。
◆ 神さまの約束は、目に見えるものより確か
アブラハムは、土地も子孫もまだ何もなかった時に、
ただ神さまの言葉を信じて歩きました。
目に見えなくても、神さまの約束は動いています。
私たちの人生でも、
まだ形になっていない祈りや願いがあります。
でも、神さまは静かに、確かに働いておられます。
◆ 礼拝は“神殿”が大事なのではなく“神さまがおられること”が大事。
ステパノは、
「神殿が壊れるかどうか」ではなく、
「神さまが共におられるかどうか」
に目を向けさせました。
私たちの礼拝も同じです。
- どこにいても
- どんな状況でも
神さまが共におられるなら、そこが礼拝の場所になります。
🌸 主よ、
イエス様はいつも私たちと共におられます。
見えない時にも、あなたの約束は確かです。
今日、私のいるこの場所を、あなたへの礼拝の場所とします。
あなたの臨在の中で歩めるように助けてください。
アーメン。
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